「そんなにお母さんの味にしたいなら、お母さんが作ってよ」と怒った私が、母のノートで見たもの

コラム

料理ノートに残っていた日付

次の帰省では母が夕食を作りました。手が離せないから分量を読んでほしいと頼まれ、私は棚から料理ノートを取ります。表紙は擦れ、ページの端には調味料の跡がついていました。煮物のページを探している途中、肉じゃがのレシピの横に日付が書かれているのに気づきます。先月、私が作った日でした。煮魚にも、だし巻き卵にも、同じように最近の日付があります。何の日付かと聞くと、母は鍋を混ぜながら「一緒に作ったことが、ほとんどなかったから」と答えました。子どものころ、母は帰りが遅く、夕食は作り置きでした。私は温めて先に食べ、母が帰るころには自分の部屋にいました。母の作った肉じゃがも煮魚も何度も食べてきたのに、作り方を教わった記憶はありません。母は「全部、私と同じ味にしなくていいんだけどね。一度くらいは一緒に作っておきたかったの」と続けました。

そして...

母のやり方が嫌だったことは変わりません。それでも、ノートを持って横に来ていた理由は、私が思っていたものとは違っていました。次に帰った日、私は自分からノートを開き、まだ日付のない鶏の照り焼きのページを選びました。切った鶏肉を見た母は、先に「前より包丁の使い方、慣れたね」と言います。それから「大きさはそろえてね」と続けました。私は何も言わず、次の1切れを少しだけ小さく切りました。

(20代女性・会社員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

  • X
  • Line