同期に口止めした俺→妻に「行きたかった」と打ち明けるまで

コラム

鞄の内ポケットには、ひと月前から同じ茶封筒が入っていました。地方への転勤を断ったあとも、捨てられずにいた書類です。妻には言わないつもりでした。けれど、同期に口止めした言葉を、妻に聞かれていたのです。

同期にだけ話せたこと

封筒の中身は、地方に新しくできる拠点の立ち上げに、3年間加わらないかという打診でした。昇格も約束された話です。2週間ほど考えて、上司に辞退を伝えていました。

その日は、代わりに行くことが決まった同期が、報告がてら家へ飲みに来ていました。妻が氷を買いに出たすきに、同期が「奥さん、まだ知らないのか」と聞いてきました。

「妻には言うなよ」

そう返すと、同期は声を落として「それ、奥さんが決めることでもあるだろ」とつぶやきました。直後、玄関のドアが大きな音を立てて閉まり、「ただいま」と妻の声がしました。リビングのドアが、少し開いたままだったのです。

「おかえり。早かったね」

グラスに手を伸ばしながら、さっきの言葉がどこまで届いていたのかを考えていました。

妻に転勤の話をしなかった理由

同期が帰ったあと、妻に聞かれました。

「さっき、何の話してたの?」

「仕事の話だよ」

それ以上は言えませんでした。

妻は半年前、希望していた商品企画の仕事に転職したばかりです。毎日楽しそうに仕事の話をしていました。

結婚前には「転勤になったらついていく」と言ってくれた妻です。今回もきっとそう言うでしょう。

でも、せっかく手に入れた仕事を辞めさせたくありませんでした。一方で、俺自身は新拠点へ行きたかった。断ったあとも、その気持ちが消えませんでした。同期から引き継ぎの電話が来るたび、ベランダへ出ました。妻に聞かれたくなかったからです。

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