
「子連れに苦情を言った私」が昔の自分を思い出してお手紙を書いた理由
コラム
便箋に書いては破り、また書き直しました。上の階の母親に本当に伝えたかったのは、苦情を言った私自身が、ずっと昔にしまい込んでいた話です。
真上の部屋から響いていた足音が、ある時期を境にほとんど聞こえなくなりました。代わりに増えたのは、顔を合わせるたびに聞く「すみません」です。上の階の若い母親は、私を見ると必ず頭を下げました。そのきっかけを作ったのが自分だということも、よく分かっていたのです。
集合ポストの前で口にした苦情
一人で暮らす部屋の真上に若い家族が越してきて、2か月ほどたった頃のこと。床を走る音が続き、テレビの音量を上げる日が増えていました。そんな折、集合ポストの前で母親と小さな男の子に会い、気づけば口にしていたのです。
「上の部屋の方よね。走り回る音、下まで響くのよ」
「すみません、気をつけます」
深く頭を下げた母親にうなずき、郵便物を手に部屋へ戻りました。言い方がきつかったかもしれない。それでも、言ったこと自体は間違っていないつもりでした。
エレベーターで見た男の子のしぐさ
翌日には、焼き菓子の箱を持った母親が玄関先に立っていました。
「先日は本当にすみませんでした」
「ご丁寧に、どうも」
それ以上どう続ければいいのか分からず、箱を受け取ってドアを閉めました。
それからというもの、天井からの音はずいぶん小さくなりました。エントランスでもエレベーターでも、母親は私を見るなり頭を下げるように。男の子の手を引いて、足早に通り過ぎていくこともありました。
ある日、エレベーターで乗り合わせると、男の子が人差し指を口に当てて母親を見上げました。
「しーっ、だよね」
「すみません、うるさくて」
そのしぐさには見覚えがありました。40年ほど前、団地の4階で息子を育てていた頃の、私と息子の姿です。顔を向けていられず、扉の上の数字ばかり見ていました。2階に着くと、そのまま降りました。
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便箋に残せなかった昔の話


























