「今日のだけ?」と聞かれるまで、俺は自分が気が利く側だと思っていました

コラム

人より先に気づく側に回れたと思ってから、俺はその言葉を彼女に向けるようになりました。店員が頭を下げたあとも、俺はまだ「でも」と言い返していました。

新人の頃の俺は、人前で「気が利かない」と笑われる側でした。

「こういうの気づけないと、仕事でも同じだぞ」

営業に配属された年の飲み会で、俺は隣に座った先輩のグラスが空になっているのに気づかず、枝豆をつまんでいました。先輩はテーブルの全員に聞こえる声で「こういうの気づけないと、仕事でも同じだぞ」と言い、それから「気が利かない」と笑いました。周りも笑いました。その場では俺も笑って謝りましたが、それ以来、先輩より先にグラスや上着を見る癖がつきました。お茶を出す順番や、来客の上着を預かるタイミングも気にするようになりました。数年たって、後輩より先に来客の上着を受け取った俺に、その先輩は「お前、最近こういうの気づくようになったな」と言いました。うれしかったのを覚えています。それから、誰かより先に気づけたとき、自分のほうがちゃんとしているように感じるようになりました。

2年付き合っている彼女に、その言葉を向けた

彼女に「気が利かない」と言うのも、その延長でした。レストランで取り皿を先に出さなかったとき、友人の家で空いたコップを下げなかったとき。人がいるところほど、俺はその言葉を笑って使いました。彼女が言い返さないから、冗談として成立していると思っていたのです。久しぶりに2人で出かけた帰りの定食屋でも、同じことをしました。取引先からの電話で席を離れ、戻ってみると、研修中の名札を付けた店員が俺の唐揚げ定食を置けずにいて、テーブルには彼女の上着が出たままでした。上着をよけたのは俺です。店員はまだ隣の席へ伝票を運んでいました。その距離で、「こういうの普通気づかない?」「ほんとそういうとこあるよね」と言い、「気が利かない」と笑いました。彼女だけに言えば済むことなのに、そのときは何もおかしいとは思っていませんでした。

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