彼女を先に電車へ乗せたあと、俺がホームのベンチで打ち続けていたメモ

コラム

戻ってきた彼女に「ずっと、何を見てたの?」と聞かれて、とっさにスマホをポケットに入れました。メモの一番上にある日付のことは、まだ話せていません。

発車ベルが鳴り終わる前に、俺はもう手元で親指を動かし始めていました。彼女を先に電車へ乗せて、自分だけホームに残る。ここ数か月、デートの帰りはずっとそうしてきました。

「その日、試験だって言ったよね」

付き合って3か月の頃、カフェで旅行サイトを見せながら週末の遠出に誘いました。彼女はカップを置いて、少し笑って言いました。

「その日、試験だって言ったよね」

確かに聞いていました。資格の勉強を続けていることも、その日付も。話している間は、ちゃんと聞いているつもりでした。ところが帰りの電車に揺られるうちに、その日の会話は半分ほど抜け落ちてしまう。昔から、そういうところがありました。

彼女は責めずに笑ってくれました。それが余計にこたえました。覚えていられないと打ち明ければ、話を聞いていない男だと思われる気がして、結局言えないままでした。

1本ずらしてホームで打っていたメモ

それから、会った日の帰りにメモを取るようになりました。彼女の好きなパン屋、職場の先輩の呼び名、次に見たいと言っていた映画。隣に座って打てば、彼女の前でスマホばかり見ている男になります。家まで持ち帰れば、また半分こぼれてしまう。だから彼女を先に乗せて、ホームで書き終えてから帰ることにしました。

「先に乗って。俺は次ので帰るから」

一度「一緒に乗ればいいのに」と言われたときも、笑って首を振るだけでした。実際には、次の電車で帰れた日はほとんどありませんでした。書き足しているうちに、2本、3本と見送ってしまう。手を止めて線路の先を見るのは、会話の順番をたどるときの癖でした。彼女の電車が走っていった方を見ていると、不思議と続きが出てきたのです。

ドアが閉まる前から手元ばかり見ていたので、窓の向こうの彼女がどんな顔をしていたのか、俺は見ていませんでした。

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