母が妻を家族旅行に呼ばなかった理由。空けておいたのは、妻が5年座り続けた席でした

コラム

「私も昔、ずっとあの席だったから」。母の話を妻へ伝える役は、俺に任されました。けれどその前に、自分が打ち明けなければならないことがありました。

食事を終えても、襖のそばの座布団には誰も座りませんでした。母は宿の人に写真を撮ってもらうと、その1枚に短い文を添えて妻へ送りました。隣に座っていた俺は、送られる前のその文を、母の画面で読んでいました。

5年分の写真で母が気づいたこと

旅行の日程が決まった少しあと、妹が過去の旅行写真をまとめようと、家族のグループに写真を集めていました。母と妹が、家族それぞれのスマホから集めた5年分を見返すうちに、妻がほとんど写っていないことに気づいたそうです。写っていても、襖のそばで料理を受け取ったり、父のグラスに気づいて立ち上がったりしている姿ばかりでした。

そのあと、母から電話がありました。「今年は、あの子抜きで行こうと思う」理由を聞くと、母は少し間を置いて言いました。「私も昔、ずっとあの席だったから」母は嫁いでから20年近く、旅行のたびに襖のそばへ座り、料理を受け取ったり、飲み物を注いだりしていたそうです。妻が自然とそこへ座るようになって、いつの間にか自分もそれを当たり前にしていました。

「あの子が来たら、また動いちゃうでしょ。私たちも頼っちゃう。今年くらい、自分たちだけでやってみないと」

言っている意味は分かりました。同時に、5年間それを止めなかった自分のことも言われている気がしました。

ベランダから戻ると、妻はカレンダーの前に立っていました。旅行の2日間には、もう丸がついています。「家族旅行には来なくていい」「どうして?」「母さんが決めたことだから」本当は、母から聞いたことをそのまま話せばよかったのです。でもそうすれば、俺自身も5年間、妻が動くのを当たり前に見ていたことを認めることになります。俺は母が決めたことだけを伝えて、流しでコップを洗いました。

妻がいないと分かったこと

宿に着いて最初に困ったのは、いつも妻が済ませていた細かい段取りでした。父が毎年楽しみにしている地酒も、銘柄を覚えている人はいません。食事の時間や翌朝の予定も、これまでは妻が宿と確認して、俺たちに伝えてくれていました。

食事が始まっても、急須が空けば誰が頼むのか一瞬止まり、父も自分で瓶ビールを持ち上げました。いつもなら、誰かが頼む前に妻が気づいていました。

妹が小さな声で言いました。

「お義姉さん、毎年これ全部やってたんだね」

俺は返事ができませんでした。妻がよく気づく人なのだと思っていました。でも、気づく人だから任せていいことにはならなかったのです。

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