
「先に寝てて」と妻に言い続けた俺が、書斎で義母への手紙に書けずにいた一行
コラム
「ちょっと調べもの」とごまかしても、妻はそれ以上聞いてきませんでした。美容院から戻った俺は、引き出しの中のボールペンが動いていることに気づきます。
俺の手帳のポケットには、義母から渡された小さなメモが挟まったままでした。この半月で、折り目がやわらかくなるほど開いては戻しました。便箋に向かう前に読み返すのが、決まりのようになっていました。
玄関で義母に握らされたメモ
半月ほど前、妻の実家に顔を出した帰りのことです。妻が車に荷物を積んでいる間に、義母が玄関で、折りたたんだメモを握らせました。
開いてみると、義母の丁寧な字で、妻のことがこう書かれていました。
「あの子は、平気じゃないときほど平気と言う子です。どうかよろしくお願いします」
結婚して5年、義母から手紙をもらったのは初めてでした。メールで返すのは違う気がして、手書きで返事を書くと決めました。
ところが、書斎で便箋を広げても、宛名の先がいつまでも埋まりません。
書いては塗りつぶした「気づきます」
「これからは、ちゃんと気づきます」と書くたびに、妻が「平気だよ」と言った場面が浮かびました。約束をすっぽかした俺に笑ってみせた顔も、遅く帰った日に用意されていた夕飯も、俺は「平気」の言葉どおりに受け取っていただけです。気づけなかった人間が書く「気づきます」は軽すぎて、行ごとペンで塗りつぶしました。
中身は妻自身のことなので、妻の前では書けません。食器を片づけると「先に寝てて」と言い、書き出しを調べるためのスマホを持って書斎にこもりました。
ある夜、妻がノックなしにドアを開けました。机に広げていた便箋は、とっさに引き出しの中へ。
「ノックくらいしてよ」
「何してたの?」
「ちょっと調べもの」
パソコンの電源さえ入れていないのに、口から出たのはそんな言葉です。妻は湯のみを机の端に置き、それ以上は聞かずに出ていきました。本当のことを言えばよかったと思いつつ、追いかけはしませんでした。
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便箋の横に移っていたボールペン



























