
「結婚は妥協だった」と言った俺→笑い声に消えた、そのあとに続けた言葉
コラム
妻がテーブルに置いた白い封筒を、俺は開けずに裏返しました。部屋の机の引き出しには、妻に渡しそびれていたクリアファイルが入っていたのです。
鍋の湯気越しに、大学時代の友人がにやにやしながら俺を見ていました。妻が台所で皿を洗っている間に、結婚生活のことを聞いてきたのです。俺が返した言葉は、半分しか妻に届いていませんでした。
笑い声に消えた後半
友人は独身で、俺の結婚を何かとからかってきます。「結婚ってどうなの」と聞かれ、俺は少し考えてから答えました。
「結婚は妥協だった」
そのあとに「俺じゃなくて、あいつがな」と続けたのですが、友人が手を叩いて笑いながら「あいつのほうがな」と繰り返す声に重なってしまいました。台所の水音もあって、妻には前半しか聞こえていなかったはずです。
妻が席に戻ると、友人は「お前、それは言いすぎだろ」と笑いました。俺は妻の取り皿に鍋の具をよそいながら、どう言い直そうかと考えていたのです。
4年前から知っていた封筒
駅までの道で、妻に「さっきの妥協って、どういう意味?」と聞かれました。俺は「そういう意味じゃないよ」としか言えませんでした。人の多い道で説明できる話ではなかったのです。
家に着くと、妻が寝室から白い封筒を持ってきました。それが何なのか、俺には見ただけで分かりました。
引っ越しの荷物を詰めた日、本棚の隙間から落ちてきたのを見ていたからです。札幌の会社の名前と、内定という字が目に入りました。
妻はその話を一度もしませんでした。俺も聞けないまま、4年がたっていたのです。
「妥協したのは、私のほうだよ」
その声を聞いて、俺はコートを脱ぎかけた手を止めました。
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渡しそびれていたクリアファイル




























