売り切れの札の前で引き返す女性から目をそらしていた私。コロッケを毎日買っていく常連さんの行き先

コラム

揚げたてのコロッケを紙袋に詰め終えると、トレーはあっという間に空になります。手書きの「売り切れ」の札を置くのは、いつもそのすぐあと。ショーケースの前で足を止め、引き返していく若い女性の姿を、私は何度も見ていました。

毎日あの時間に来る常連さん

うちの常連さんは、近くにある会社の寮で食事の支度を任されている年配の方です。若い社員さんたちの食事に、うちのコロッケを1品だけ出してくれていて、もう1年近く、毎日同じ時間に受け取りに来てくれます。

うちは私1人で回している小さな店です。じゃがいもをふかして潰すところから手作業なので、1日に作れる数には限りがあります。油の前に立てるのは私だけで、これ以上は揚げられません。常連さんを送り出し、残りがなければ札を置く。それがいつもの流れでした。

札の前で引き返す若い女性に、声をかけようかと何度も迷いました。でも、予約分なので、と言えば言い訳に聞こえる気がして、奥の片付けに手を動かしていました。目を合わせずにいたのは、そのせいです。

取り置きの電話を受けて

ある日、店の電話が鳴りました。出ると、知らない女性の声でした。

「あの、今日、コロッケを2つ取っておいてもらえますか」

常連さん以外から取り置きを頼まれるのは、ほとんど初めてです。手元の仕込み表に目を落とし、寮の分を引いて残る数を数えました。2つなら大丈夫。

「2つですね。お名前をうかがってもいいですか」

名前をメモに書きながら、若い声の感じから、もしかして札の前で引き返していたあの人だろうか、と思いました。揚げ上がったら2つを先に小さな袋に取り分け、メモを貼って奥の棚に置いておくことにしました。

その日、常連さんの紙袋にコロッケを詰めていると、カウンターの向こうに人が立つ気配がしました。いつもより、少し早い時間です。

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