小学生の敬礼から目をそらしていた駅員の僕が、夏の終わりに初めて手を上げた理由

コラム

辞めると決めた日が近づいた夏の終わり、毎回敬礼してくれた男の子とお母さんが姿を見せない日が続きました。気づけば窓口から、誰も上がってこない階段のほうばかり見ていました。

階段を駆け上がる小さな足音が、始発前の駅に響きました。黄色い帽子の男の子がこちらを向き、右手をまっすぐ額に当てました。その敬礼に、僕は春から何か月も応えられずにいました。

モニターに逃がした視線

駅員になって2年目の春から、この小さな駅で改札の窓口に立つことになりました。その春、案内を間違えて、乗客の方を1本遅い電車に乗せてしまったことがあります。頭を下げても取り戻せない遅れに、自分はこの仕事に向いていないのではと考えるようになりました。

男の子とお母さんが始発に現れたのは、ちょうどその頃です。初めての日、男の子は改札を通り抜けるなり振り返り、「おはようございます!」と敬礼しました。

とっさに、改札機のモニターへ視線を移しました。あの敬礼は、堂々と制服を着こなす駅員に向けたものだと思えたからです。間違えてばかりの自分が、手を上げて返していいとは思えませんでした。それからは敬礼のたびに、モニターを確認するふり。

姿を見せなくなった親子

夏に入り、退職届の下書きを書きました。ロッカーの小さなカレンダーに印をつけたのは、8月の最後の勤務日です。

その少し前から、親子が始発に姿を見せない日が続きました。1日、2日と過ぎるうちに、電車の時間が近づくと階段のほうばかり見ている自分に気づきました。目をそらし続けてきた敬礼を、いつの間にか待っていたのです。

理由も分からないまま5日が過ぎ、印をつけた日が来ました。その日、階段の下から、あの小さな足音が聞こえてきたのです。

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