
彼女の父から届いた俺宛ての手紙→挨拶の帰りに口にした一言の、本当の意味
コラム
いい意味で、と続けるはずだった言葉を、あの日はのみ込みました。便箋の最後にあったのは、俺がずっと口にせずにきた話への問いかけです。
郵便受けの中に、見慣れない筆跡の封筒が1通入っていました。差出人の欄には、彼女の父親の名前です。挨拶に行った日の帰り道、電車の中で自分が口にした言葉を思い出し、封を切るまでにしばらくかかりました。
答えに詰まった、彼女の家の食卓
彼女の実家へ挨拶に行ったのは、付き合って2年の節目でした。
食事の途中、お父さんが差し出したのは1冊のメモ帳です。
「ここに住所を書いてもらえるかな」
理由が分からず戸惑いながら、ボールペンを受け取りました。
食後、お父さんが言いました。
「じゃあ、今日よかったことを1人ずつ」
お母さんと彼女が当たり前のように答えていくなか、麦茶のグラスを持ったまま自分の番を待ちました。俺の実家の食卓では、テレビの音だけが流れていました。父に1日の出来事を聞かれた覚えは、一度もありません。
「ここに来られたことです」
それしか出てこなかった答えに、お父さんは小さくうなずいていました。
最後まで言えなかった続き
帰りの電車で、隣に座る彼女の膝には、お母さんが持たせてくれた紙袋がありました。
「お前の親、ちょっと変だよな」
自分の家とはあまりに違う、という意味で言いました。うらやましい、に近い気持ちでした。
「変って何?うちの親のこと、そんなふうに見てたの?」
「いや、そういう意味じゃ」
いい意味で、と続けるつもりでした。けれど、窓の外を向いた彼女の横顔を見て、続きをのみ込みました。うらやましい理由を話せば、自分の家の食卓の話になります。それを口にするのが怖かったのです。
乗り換えの駅で、彼女は「じゃあね」とだけ言って別のホームへ向かいました。階段に消えていく背中を、ベンチの横に立ったまま目で追っていました。
次のページへ
便箋に並んでいた、お父さんの言葉




























