
小学生の敬礼から目をそらしていた駅員の僕が、夏の終わりに初めて手を上げた理由
コラム
帽子のつばに上げた右手
男の子が改札の内側でこちらに向き直り、「おはようございます!」と敬礼しました。気づいたときには、右手が帽子のつばの位置に。「おはようございます」
男の子は目を丸くして、先を歩くお母さんの背中へ駆けていき、振り返ったお母さんが改札に向かって深く頭を下げました。退職届を出すはずの日は、こうして過ぎたのです。
秋になると、始発に見慣れない女性が加わりました。ある日、男の子が落とした定期入れをその女性が拾い、ホームのベンチまで届けてくれました。窓口から見えたのは並んで話す2人の姿だけで、何を話しているのかまでは届かない距離でした。お母さんが一度、改札のほうに目を向けたことだけは覚えています。
そして...
次の日、その女性が改札を通りながら「おはようございます」と声をかけてくれました。返すのが少し遅れてから、「おはようございます」と答えました。
退職届の下書きは、出すことも捨てることもできないまま、ロッカーの奥に戻したきりです。来年の春もこの改札に立っているのか、まだ決めきれていません。それでも始発の少し前になると、帽子のつばの位置を一度確かめるようになりました。
(20代男性・駅員)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)





























