昼休みのたびに階段の踊り場へ消えていた俺。付箋だらけの本を後輩にだけは見せられなかった事情

コラム

踊り場の壁に立てかけた折り畳み椅子を広げ、紙袋から本を取り出しました。ここ1か月、休憩時間になると、俺はこの場所で過ごしていました。上にあるのは閉ざされた屋上の扉だけで、誰も上がってこないはずの階段。そう思っていたのは、俺だけだったようです。

後輩にだけは言えなかったこと

本の中身は、資格試験の参考書です。うちの会社では、この資格を取ることが主任になる条件で、俺はすでに2回落ちていました。同じ資格に、後輩は入社1年目で受かっています。教育係として仕事を教えてきた相手で、合格を聞いた時は「すごいな」と一緒に喜んだのを覚えています。

その俺が、2回も落ちている。後輩にだけは知られたくありませんでした。頼れる先輩のままでいたかったのです。自分の席で開けば、隣に座る後輩の目に入ってしまいます。

「先輩、お昼ごはん行きませんか?」

後輩は何度も誘ってくれていたのに、俺の返事はいつも同じでした。

「ごめん、用事あって」

断るたびに、申し訳なさは残りました。それでも、誰の目も気にせず本を開ける場所は、この階段しかなかったのです。

缶コーヒーを買いに下りた間に

椅子は家から持ってきたもので、使わない時は踊り場の壁に立てかけていました。あの日も椅子を広げて本を開き、少ししてから、下の階の自販機まで缶コーヒーを買いに行きました。本は椅子の上に置いたままです。

戻ろうと階段を上がる途中、踊り場に人影が見えました。後輩でした。椅子の前に立って、こちらを見下ろしています。

「見つかっちゃったか」

とっさに、俺はそう言って笑っていました。残りの段を上がり、本を取り上げて抱え込みます。カバーをかけていたので、中身までは分からないはず。それでも、手から離す気にはなれませんでした。

「すみません、先輩を探していて」

頭を下げる後輩に、どう説明すればいいのか分からず、少し間があいてしまいました。ようやく口にできたのは、これだけです。

「しばらく内緒にしてくれる?」

「わかりました」

後輩は何か言いたそうな顔をしたあと、もう一度頭を下げて、階段を下りていきました。

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