「会いに来るのはいつも私じゃん」と言われた俺が、彼女の実家に内緒で通い続けた事情

コラム

棚の奥の紙袋を手にした彼女に、俺は用事があるとしか言えませんでした。あの店の紙袋が増えるたび、彼女に会いに行くためのお金は減っていきました。

彼女の実家の居間で、俺は正座をしたまま膝の上で手を握っていました。半年ほど前、彼女が仕事で遠くの街に移ってから、1年ほどたったころです。向かいに座る彼女のお父さんは、腕を組んだまま、なかなか口を開きませんでした。

お父さんへのあいさつ

結婚を考えていると伝えに行ったのは、彼女には内緒でした。お父さんに認めてもらえてから、自分の口でプロポーズしたかったのです。
長い沈黙のあと、お父さんが言いました。
「遠距離のままで、この先どうするつもりなんだ」
どちらが仕事を変えるのか、どこで暮らすのか。きちんと答えられなかった俺に、その日の返事はもらえませんでした。
帰り際、お母さんが駅前の和菓子屋の紙袋を持たせてくれました。
「またいらっしゃい」
その一言に背中を押されて、もう一度来ようと決めました。

増えていく紙袋

それから、何度も彼女の実家へ通いました。仕事のこと、住む場所のこと。考えをまとめて話しては、お父さんに頭を下げて帰る。そのたびに、お母さんが同じ店の紙袋を持たせてくれます。空になった袋はなんとなく捨てられず、気づけば台所の棚に5枚たまっていました。
ただ、往復の電車代や手土産代は思った以上にかさみました。少し前に買った婚約指輪の支払いも残っていて、新幹線で彼女の街へ行く余裕はありません。通い始めてから、彼女のところへは一度も行けていませんでした。
だから彼女が来た日、荷物を下ろすのを待って聞いてしまったのです。
「来月も来れる?」
「会いに来るのはいつも私じゃん」
彼女の声は、いつもより強いものでした。
「ごめん」
次は俺が行く、とは言えませんでした。お金がないことも、その理由も話せないまま、目をそらすしかなかったのです。

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棚の奥
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