
週末のもみじ狩りの計画中、彼の部屋から聞こえた女性の声→「テレビだよ」と言う彼に、私は黙って通話を切りました
コラム
もみじの下のベンチ
別れ話の文面をいくつも想像しました。ここで逃げたら、あの声の正体は分からないままです。
「わかった」
当日、待ち合わせの駅で顔を合わせた彼は、いつもより口数が少なめでした。
山道を歩いている間も、彼が口にするのは紅葉の色づき具合や天気のことばかり。話したいことが何なのか、私からは聞けませんでした。「ねえ、タオルどこ?」というあの声が、歩くたびに頭の中で繰り返されていました。
赤く色づいたもみじの下に、木のベンチがありました。2人で並んで座ると、彼は膝の上で手を組んだまま、しばらく黙っていました。
そして...
足元に、もみじが1枚落ちてきました。彼はそれを目で追ってから、私のほうへ向き直りました。
別れ話なら、あの声の人のところへ行くと言われるのだろうか。それとも、何もなかったことにして、写真を撮って帰るのだろうか。膝の上で握った手に、力が入りました。
周りでは、写真を撮り合う家族連れの声がにぎやかに響いていました。私たちのベンチでは、会話が途切れていました。
彼は深く頭を下げ、顔を上げて、小さく息を吸いました。
あの夜、彼の部屋で「ねえ、タオルどこ?」と聞いたのは誰だったのか。聞き返す間もなく返ってきた「テレビだよ」は、どうしてあんなに早かったのか。彼が口を開いたそのとき、私はまだ何も知りませんでした。
(20代女性・事務職)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)






























