息子とは笑うのに、お嫁さんの前では「ああ」と「そうか」だけ。俺が妻と交わしていた約束

コラム

帰り際、玄関で息子のお嫁さんを呼び止めたのに、口から出たのはいつもと同じ短い言葉でした。本当に伝えたかったことは、息子にも話していない、妻とのある約束につながっていました。

息子たちの車の音が遠ざかってから、洗面所の鏡で自分の顔を見ました。眉間には、思っていたより深いしわが刻まれていました。こんな難しい顔で、俺は息子のお嫁さんの前に座っていたのです。

口を閉じると決めた理由

普段の俺は、人と話すのが苦手なほうではありません。息子とも、会えばいろいろな話をします。

けれど、お嫁さんの前では別でした。若いころ、俺たち夫婦は親父と同居していました。親父は思ったことをそのまま口にする人で、嫁の立場の妻には言い返しにくかったはずです。妻が気をつかっていると気づきながら、俺は十分に助けられませんでした。

息子が結婚を決めたとき、妻とは「お嫁さんに余計な気をつかわせるのはやめよう」と話していました。この約束は、息子も知りません。

息子なら、冗談を言っても言い返してくれます。けれど舅である俺の冗談は、お嫁さんにとって笑って受け止めるしかないものかもしれない。だから、お嫁さんが来る日は「ああ」と「そうか」だけにしておけば間違いない。そう思っていました。

息子に言われた一言

あの日も、居間で息子と昔の話をして笑っていました。ふすまが開いて、お嫁さんがスイカを運んできてくれたとき、とっさに口を結んだのです。

「ああ、すまんね」

そう言ったあとは、テレビのほうを向いて種を小皿に出すばかり。お嫁さんは1切れを食べきらないうちに、皿を重ねて台所へ戻っていきました。

水の音が聞こえ始めたころ、息子が声を落としました。

「親父、あいつの前だとずっと怖い顔してるぞ」

「怖い顔?」

「前に、苦手なのかなって言ってた」

お嫁さんが、俺を苦手だと。種を出すのをやめて、息子の顔を見ました。苦手どころか、お嫁さんが来る日を俺なりに楽しみにしていたのです。お嫁さんが運んできたスイカも、好物だと聞いて、朝から冷やしておいたものでした。気をつかわせないつもりが、昔の妻と同じ思いを、俺のほうがお嫁さんにさせていたのかもしれません。

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