
「実習先で会った女は」と言った俺→店の女性が言いかけた「毎日」の続き
コラム
店主の口ぐせを、俺は八つ当たりの形で彼女にぶつけていました。銀色のトレーにかけた布の下にあったものと、紙袋の中身の話です。
実習先の洋菓子店で、彼女の好きなケーキを言えるかと店主に聞かれました。泡立て器を持ったまま、俺はすぐに答えられませんでした。付き合って1年になる日が、もうすぐそこまで来ていたというのに。
店主の質問
その店を1人で切り盛りしているのは、60代の女性の店主です。
常連さんの好みを全部覚えている人で、「気が利くってのは、相手の好きなものを覚えてることだよ」が口ぐせでした。
考え込んだ末に思い出せたのは、彼女が一度だけ口にした「レモンのタルトが好き」という言葉だけです。
それを話すと、店主は片付けの終わった厨房を毎日使わせてくれることになりました。
帰りが遅くなったのも、服に甘い匂いが残っていたのも、そのせいでした。
あの言葉の出どころ
練習は失敗続きで、その日も店主から「生地をなめてる」と叱られたばかりです。
ソファでタルトの写真を見返していたとき、彼女が牛乳を買い忘れたと謝ってきました。
「実習先で会った女は、お前と違って気が利くんだよ」
頭に残っていた店主の口ぐせが、そのまま八つ当たりになって出てしまいました。
「どんな人なの」と聞かれても、「普通だよ」としか言えませんでした。
店主の話を続ければ、タルトのことまで口を滑らせそうだったからです。
「女」という言い方が若い女性を思わせるとは、そのときは考えもしませんでした。
次のページへ
布をかけたトレー




























