婚約指輪を一緒に選ぶはずの売り場で、私の手元も見ずに「一番安いので」と店員に言った彼

コラム

改札を出てからも、私は彼と並ばずに、半歩うしろを歩き続けていました。コンビニの角で彼が振り返った時、店からずっと抱えていたものが、ようやく声になります。

ショーケースの照明の下で、並んだ指輪がひとつずつ光っていました。左手の薬指には、彼からもらった仮の指輪。今日はこれを、2人で選んだ本物に替えるために、百貨店のジュエリー売り場まで来たはずでした。

彼が約束してくれた指輪選び

付き合って3年になる彼からプロポーズされたのは、2週間前のことです。彼の部屋で差し出された小さな箱には、細い銀色の仮の指輪が入っていました。

「本物は、一緒に選びに行こう」

その言葉が、何よりうれしかったのを覚えています。この日を、指折り数えて待っていました。

売り場では店員さんが次々と指輪を出してくれました。いくつか試すうちに目が留まったのは、細い線が2本ねじれるように重なった指輪。石は小さいけれど、指を動かすたびに角度を変えて光ります。

ずっと手元に残る記念のものだから、本当に好きなものにしたい。そう思って、隣の彼に左手を見せました。

「これがいいな」

店員さんに向けられた彼の一言

彼は私の手元を見ないまま、ショーケースのほうを向いていました。そして店員さんに、こう言ったのです。

「一番安いので」

「でしたら、こちらになります」

店員さんが出してくれたのは、まっすぐで細い、石の小さな指輪でした。ただ、私が選んだものとは、まるで違っていました。

「これでいいよね」

彼はもう決めたような顔で、私に聞いてきます。ここで頷けば、これが一生ものの指輪になる。口から出たのは、別の言葉でした。

「今日は、決めなくてもいい?」

店員さんの「ゆっくりご検討ください」という声に送られて、売り場をあとにしました。帰りの電車では隣に座ったまま口を開かず、駅からの道では、彼の半歩うしろを歩くだけ。口を開けば、店の中で言えなかったことが全部あふれそうでした。

コンビニの角の手前で、彼が振り返ります。

「怒ってる?」

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