
杖の女性が目の前に立っても優先席で目を開けなかった俺→「説明する義務はない」と思った理由
コラム
事情を言えば済むことは分かっていました。それでも、なぜ俺が説明する側なんだと思ったまま、杖の音を聞いていました。
取引先のビルの階段で、俺は見本の入った鞄を抱えたまま、最後の1段を踏み外しました。
靴紐をほどいて座った優先席
右の足首はその場で腫れ始め、駅に着く頃には靴の紐を結んでいられなくなりました。紐をほどき、足を引きずって乗り込んだ車両で、空いていたのは扉の脇の優先席だけでした。
座って、鞄を膝に乗せ、右足を前に投げ出して、目を閉じました。立っている人と目が合えば、譲る譲らないの話になる。それを考えるのが嫌で、先に目を閉じたのです。
なぜ俺が説明する側なんだ
2駅目で、杖が床を打つ音が聞こえてきました。音は通路を進み、俺の目の前で止まりました。膝に力を入れかけて、やめました。片足で立てば、腫れた足首を見せて、事情を口にすることになる。「足をひねりました」と言えば済むことは分かっていました。
それでも、座っている理由を知らない人に説明しないといけないのか、と思いました。俺は立てない。だから座っている。優先席は、杖の人だけの席ではないはずだ。それで十分だろう、と。鞄の持ち手を握ったまま、目を開けませんでした。
「お休みみたいですから、こちらは無理ですね」
女性の声でした。俺に聞こえるように言ったのが分かりました。腹が立ちました。勝手に決めつけて、勝手に嫌味を言う。だったらなおさら説明したくないと思いました。ここで目を開けて事情を言えば、その人の言うとおりにしたことになる。そう思って、まぶたに力を入れました。
杖の音は3駅ぶん俺の前で鳴り続けて、そのまま扉のほうへ遠ざかっていきました。仕方ない、と思いました。後悔したかと聞かれれば、していません。ただ、そのあと終点まで、目を開けられませんでした。
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それは、そうです



























